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歴史万華鏡コラム 2026年05月号

高知市広報「あかるいまち」より
隠れた水路と石垣から見る大名墓の歴史
高知城より南、筆山にある山内家墓所は、土佐藩山内家の歴代藩主が埋葬されている墓所である(明治期東京で死去した15代を除く)。墓所は大名墓として埋葬の様子がよくわかることから平成28(2016)年に国史跡に指定された。しかし、長年の風化に伴い、墓域にある石垣の崩落や石造物の劣化が各所で見られるようになった。
高知県埋蔵文化財センターは、墓所を管理する土佐山内記念財団の委託を受けて令和2(2020)年度から石垣修理に伴う調査を行った。今回の調査は令和7(2025)年11月から令和8(2026)年2月にかけて、石垣の崩落が特に著しい3代・5代藩主の墓がある墓域4と、8代・9代藩主の墓がある墓域9との境にあたる石垣修理の現場で実施した。
墓域9側の調査では解体時、内側に未発見の石垣があることが判明した。さらに解体が進んだ後の調査で、水路(暗渠)の開口部が見つかった。次に墓域反対側にある墓域4側の調査では、石垣内部から墓域9側の開口部の反対側で水路跡を見つけた。この遺構は、墓域4側で集まった水が水路を通して墓域9側へ流れたものと考えられる。暗渠が架かる南側では、東西にまたがって水路を保護するための石列を検出した。また発見した石垣では、暗渠が通る真上にある築石だけ崩落が激しいことがわかり、その原因として水路による影響が大きいと考えられる。
また、調査では石垣の上にあった塀の部材に使われたと思われる瓦や鎹、素焼きの器が出土した。瓦の中には、生産者がわかる刻印が彫られたものや、彫られた文字から葺かれた場所を示すと考えられる瓦も見つかった。
以上の調査成果により、山の斜面と谷筋の限られた地形で墓所を造成した工事の一端を垣間見ることができた。このように地中に隠れた水路や石垣からは、藩主の死去に伴い、早急に工事を進めなければいけなかった当時の人々の苦労をうかがうことができる。今回と今後の調査の成果が、墓所の保護と活用につながればと思う。
高知県埋蔵文化財センター 調査員 福永 素久
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※このページは、高知市広報「あかるいまち」に掲載されている「歴史万華鏡」のコーナーを再掲したものです。




