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市長コラム新風洋々 2026年05月号

高知市広報「あかるいまち」より
郷土の先人から学ぶ自由と責任
「板垣死すとも 自由は死せず」の名言を残した板垣退助は1837年5月21日に本町で生まれ、来年で生誕190年を迎えます。自由民権運動の指導者として国会開設を求め、日本に議会政治の道を開きました。自由民権運動は、国からの厳しい弾圧で多くの犠牲を払いましたが、彼らは命を賭してまで自由を求めました。その自由とは、単なる個人のわがままではなく、「国民が政治に参加する権利」という社会全体の政治的自由であったと言えます。
さて、自由という言葉が一般的になったのは、幕末から明治にかけてと言われています。古語としては、「勝手気まま・わがまま・思いのまま」など否定的な意味でしたが、福沢諭吉は英語の「Liberty」を自由と訳し、その本質を「独立・自立・責任」と説きました。自由とは責任と共にあるものだという考え方です。
もし、板垣が現代人に自由を語るとしたら、どう語るでしょうか。「既に自由があると思い込んで無関心になっていないか。選挙権や表現の自由は当たり前ではなく、努力の積み重ねの上にあることを忘れないでほしい。」なんて言うかもしれませんね。
現代に生きる我々も、自由をどのように捉え、どのように使うかが問われています。郷土の偉人の歩みに思いをはせながら、改めて考えてみたいものです。

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※このページは、高知市広報「あかるいまち」に掲載されている「市長コラム 新風洋々」のコーナーを再掲したものです。




