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文化財情報 史跡 桑名古庵墓

2008年12月23日

指定

高知市指定 史跡 指定年月日 昭和42年 5月13日

名称

桑名古庵墓

所在地・所有者

高知市西久万

写真

桑名古庵の墓の画像
桑名古庵墓

解説

 桑名古庵の墓は、久万の氏神西宮神社の裏手の道を進んだ久万字高野谷にある。
 古庵(1607~1689)は紀州に生まれる。父の左馬進が大阪陣で戦死すると生活に困り、家族は上方地方を流浪した。古庵は高松に移って1623(元和9)年キリシタンの洗礼をうけたが、伯父の訓戒を受けて信仰を棄てた。俗に言う「転[ころ]び切支丹」である。古庵は兄の水也ともども父母の縁故をたより、安芸郡奈半利浦へ来て、それから高知城下帯屋町で医を開業する。1643(寛永20)年に阿波の住人井上五左衛門が、古庵らがキリシタンであると訴えた。古庵らは投獄され、獄中で兄も弟も死亡。古庵も1689(元禄2)年12月20日獄舎生活47年目に死亡。83歳。
 この墓碑を見ると「桑名古庵土葬墓」とある。かつて野中兼山が儒教精神で埋葬を丁重にしたため、土佐では火葬や水葬は罪人か伝染病死亡者に対するものとなっていた。この土葬墓と刻したのは、古庵が罪囚でなかったことを釈明したもので、当時の習俗を後代に実証するものとして注目される。