はるの昔ばなし

小鯛大明神

 

 四百年余り前の話です。

 元治元年の正月、甲殿の漁師忠やんは、屠蘇〔とそ〕きげんで二、三日を何もせずに過ごしたので、きょうはその分を取り返そうと魚売りに出掛けました。

 きょうの行先は弘岡方面です。大分遠いのでちょっとでも近道を、というわけで、田んぼ道へはいりました。少し行くとバタバタと鳥の羽音がします。忠やんの足元近くの畦〔あぜ〕ぎわからです。誰かが仕掛けたわなに山鳥がかかっているのです。

 日の出前の薄明かりをすかして見ましたが、田んぼには誰の姿も見えません。忠やんは「これは頂き」と、その鳥を失敬してふところに入れました。

 「昔から“いき鳥に戻り魚”というが、こりゃあとても縁起がええぞ。」

と、忠やんはほくそえんで歩きかけましたが、少し行くと引き返して来ました。「ただもうけは気がとがめるよ」と言いながら、荷籠を下ろして小鯛を三尾取り出し、先のわなの上におきました。

 やがて夜は明けわたり、百姓さんが二人、わなを見に来ました。わなには小鯛が三尾かかっていました。

 「こりゃめでたい。正月そうそう鯛がかかるとは縁起がええぞ。」

 「これは神様のごりやくにちがいない。」

と二人は大喜びで鯛を持って帰りました。

 この事はたちまち部落中の大評判になりました。そのうちにどちらが言い出すともなくお宮を建てようということになり、部落みんなで小さい祠を造りました。

 祠の前には『小鯛大明神』という小さい幟を立てました。祭事をしてくれた神官さんは、この祠に『黒鯛三所権現〔くろだいさんしょごんげん〕』という名前をつけてくれました。

 その時、部落の人たちはみんなで大事にしていたといいますが、この話を書いた時点ではその所在を確かめることが出来ませんでした。

小鯛大明神イラスト

 

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