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室戸の海に惚れ、
未開のビジネスでまちを拓く。

二段階移住 取材レポート

室戸市 松尾拓哉さん

漁師

■“食べない魚”を捕りに、大阪からやって
きた。

高知県の東南部に位置する、太平洋に突き出した室戸エリア。深海が近く、ダイナミックな地形が広がるこの地に、「水族館を作りたい」と移住してきたのが大阪出身の松尾拓哉さんだ。職業は漁師。だが、捕まえるのは“食べない魚”。室戸の沖あいで捕った深海魚を全国各地の水族館に届ける、全国的にも珍しいフリーランスの漁師として活躍する。

そんな松尾さんは幼いころ、両親から熱帯魚を買ってもらったのがきっかけで、生き物のトリコになった。室戸との出会いは小学3年生。父親の同僚の実家が、室戸で民宿をしていた縁で、父親に連れられて遊びに訪れた。このときの体験と感動が、その後の松尾さんの人生を決定づけることになる。

■室戸に水族館をつくるためにまっしぐら。

「漁船に乗せてもらったんですよ。魚が捕れたときの感動は今でも忘れられませんね。大阪に大切に連れて帰って飼育しました。はじめての室戸旅で僕はなぜか、この地域に小さな水族館をつくるという目標がくっきりと描けたんです」

それから、夏休み、冬休みといった長期の休みを利用して、一人で室戸へ。通うたびに、いろんな魚と対面できる室戸の海にどんどん惹かれていった。地元の高校を卒業後、水族館をつくるために必要な知識とスキルを学ぶために「大阪動植物海洋専門学校」へ進学。卒業後は、茨城県にある全国屈指の水族館「アクアワールド茨城県大洗水族館」へ就職した。

1年半後、「いろんな人脈をつくりたいし、小さな水族館でも学びたい」と和歌山の水族館で5年間、働く。知識とスキルを着実に蓄えながら、独り立ちしたときのために必要な“人とのつながり”を各地に築いていった。

ずっと思い続けていた室戸に移住したのは、25歳のとき。まずは、自治体の漁業研修制度を利用して、2年間、“純粋”に一本釣り漁などを学んだ。今は、漁船で、深さ200メートルから500メートルまでの沖合に出て、重しをつけたカニカゴを落とし、深海魚を捕獲する独自の漁をする。

「漁師のおっちゃんたちからは、『俺らが教えたこととは全然違うことやりよる』って言われます(笑)。それでも、これが松尾のスタイルだと尊重してもらえるのは本当にありがたいことです」

■地域の応援と、圧倒的な地の利に
恵まれる。

室戸では、それまで網にたまたま引っかかった深海魚はお金にならず捨てられていたもの。水族館用として付加価値をつけるビジネスは、誰もやってこなかったことだ。

「この海は、研究者がほとんど来ていない未開の海です。おっちゃんたちは今では深海魚が取れたら僕にくれたり、いい漁場を教えてくれたりするんです。海の可能性ももちろんですが、応援してくれる地域性にチャレンジしがいを感じますね」

さらに、松尾さんのビジネスを確かにするものが、ここ室戸にはある。それが、深海魚を育てるのに欠かせない海洋深層水を取水する施設の存在。松尾さんは、この施設内に、自治体の協力で自身の水槽を持つ。その水槽はこれまで松尾さんが勤めてきた水族館から、無償で譲り受けたものだ。深海魚を捕ったその後の管理の仕方で魚の価値や品質は左右される。「魚にとって心地いい環境」を常に考える松尾さんへの信頼は厚く、今では大洗水族館や海遊館をはじめ、全国各地の15園ほどの水族館と、直接取り引きしている。

■子どもたちのために、できること。

室戸でやろうとしていることは、自分のビジネスのためだけではない。自分の船を使って、子どもたちを対象に体験漁業もしている。「地元の子どもたちも、室戸の深海のすごさを知っているわけではありません。僕自身、感動した思い出を持ち続けて今があります。子どもたちにもその感動を味わってほしいんです」

そして、松尾さん自身も3人の子どもの父親。専門学校時代からの付き合いになるドルフィントレーナーの妻と、太平洋沿いにある佐喜浜地区に暮らす。長男が通う小学校は、全校児童30人に満たない小さな小学校だ。「いいところ、個性を伸ばしてくれる抜群の教育環境だと実感しています。地域の人たちも、わが子のように子どもたちに接してくれます。とても子育てがしやすい、暮らしやすいまちですね」。松尾さんは、力を込めてまちの魅力をそう話した。

■一人の目標が、地域に与えるものの
大きさ。

室戸に移住して4年目、起業して1年8ヶ月が経つ。小学3年生から想い抱く、水族館をつくる夢に向かい、行政やまちの人たちを巻き込み、資金計画や構想など、少しずつ実現に向けて進めている。

「数十億円という多額の資金がかかる水族館構想に、初めは『できひんやろう』という雰囲気でした。今は、みんなが応援してくれています」

松尾さんの船名は「海来(みらい)」。自分たちの未来、そして室戸の未来を明るくしたいという想いを込めた。自身の夢を実現するため、笑顔で駆け抜ける松尾さん。その夢を応援することそのものが地域の力になり、室戸の未来をあざやかに変えていくだろう。

文:ハタノエリ 写真:丹生谷千聡

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