土佐史研究家 広谷喜十郎

230 神農(しんのう)と牧野文庫-高知市広報「あかるいまち」2003年6月号より-
 数年前、『土佐医学史(原始.近世編)』を書くにあたって、全国各地にある医療や薬の神を訪ね歩いたことがある。
 大阪市中央区道修町にある少彦名神社は、薬祖神として中国の神農さまと合祀されており、大手の製薬会社のビルが立ち並ぶ町の守護神となっている。
 神農については『捜神記(巻一)』の冒頭に「神農は(略)それぞれの草に毒性があるか、ないか、それを食べたとき寒気がするか、発熱するか(略)すっかり知り尽くした上で、さまざまな穀物の種子をまいた」と紹介されている。 そういう伝説上の帝王で、農業の始祖とあがめられている。
  また、松下智著『中国の茶』の中で「薬の神としての神農は(略)いろいろな植物を一日七十種余もかみ分け、薬草になるかどうかの判別をしたようである。一日の活動が終わって床に入る前には必ず一杯のお茶を飲んだ」とあり、茶が薬草の中でも王者であると紹介されている。 ●神農本草経(牧野文庫収蔵)
神農本草経(牧野文庫収蔵)
薬草などを体系付けてまとめたものを本草学という。一世紀の後漢時代の『神農本草経』が最古の本草書で、薬種は三百六十五種が収録されている。五世紀になると、阿弘景が増補して『神農本草経集註(七巻)』をまとめ、これが後世の本草書の基幹となった。さらに、明代になって、李時珍が十六世紀末に『本草綱目(五十二巻)』をまとめたが、この書には千八百九十二種が収録されており、中国の本草書の最高宝典となった。
 以前、牧野植物園からの依頼で、中国や日本の本草書について少しばかり話をしたことがある。そのとき、植物園の牧野文庫の担当者から中国の本草書が数多く収蔵されている事実を教えてもらった。 筆者にとって、幻の書とも言える神農関係書を見せていただき、大いに感激したものである。
 さらに、驚いたことに牧野先生は『本草綱目』など、同じタイトルの書物でも版が異なるものをすべてそろえているという。
 牧野先生が二十歳ごろまとめた『赭鞭一撻』に「草木の博覧を要す」、「植物に関係ある学科は皆学ぶを要す」、「精密を要す」などと述べている精神を終生守り続け、西洋の植物学術書だけではなく、中国四千年の歴史を持つ本草学にも目を向けている。
 この世界的コレクションを持つ牧野文庫は、高知県にとって大きな宝物である。

[トップページへ]

[もくじ]へ戻る

All Rights Reserved. Copyright Kochi-city.