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武市瑞山

2017年4月1日

武市瑞山イメージ画像

龍馬と同じ時代を生きた土佐勤王党の盟主

「武市瑞山」・・・
武市瑞山 武市半平太旧宅及び墓 武市瑞山殉節の地 武市瑞山道場跡 永福寺 吉田東洋記念之地
武市瑞山銅像

武市瑞山

武市瑞山は文政12年(1829)9月27日、長岡郡吹井村(現高知市仁井田吹井)に生まれた。通称、半平太。本名は小楯、号は瑞山。

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武市半平太旧宅及び墓

武市半平太旧宅及び墓土佐勤王党の盟主、武市半平太旧宅と墓は、昭和11年(1936)9月に国の史跡に指定された。

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武市瑞山殉節の地

武市瑞山殉節之地武市瑞山が当時切腹した付近には、碑が建っている。この碑は、昭和28年(1953)高知市教育委員会と、帯屋町公設市場組合によって建てられたもので、「武市瑞山先生殉節之地」とある。

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武市瑞山道場跡

武市瑞山道場跡武市瑞山は安政2年(1855)に道場を新築し、妻の叔父である島村寿之助と共同経営で道場を開いた。

「武市瑞山道場跡」についてはこちら。

永福寺

永福寺文久元年(1861)3月、井口村(現高知市井口町)永福寺門前で上士と下士の刃傷事件(井口事件)が起きた。

「永福寺」についてはこちら。

吉田東洋記念之地

吉田東洋記念之地吉田東洋は、文化13年(1816)生まれ、長宗我部の名将吉田正重より出ているといわれる。

「吉田東洋記念之地」についてはこちら。

武市瑞山銅像

武市瑞山銅像横波スカイラインを中ほどまで走ると、銅像前の駐車場に出る。武市瑞山の銅像は昭和54年(1979)12月、募金活動によって当地に建立された。

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