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板垣退助

2010年6月29日

板垣退助タイトル画像

板垣退助

板垣は、天保8(1837)年に土佐藩士300石の家に生まれた。旧姓は乾。板垣退助は自由民権運動の父とされ、特に「板垣死すとも自由は死せず」の名言は明治時代の一大流行語となった。

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板垣退助銅像

板垣退助銅像の写真初代は大正12(1923)年12月5日除幕。製作は坂本龍馬の銅像も作った、高知県宿毛市出身の本山白雲、総工費15,646円99銭。銅像の高さは2,46m。

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板垣退助誕生地

板垣退助誕生地の写真板垣退助、天保8(1837)年生まれ。後藤象二郎より1歳年上だったが、竹馬の友であったといわれる。

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板垣退助の墓

板垣退助の墓の写真板垣は少年時代、1歳年下の後藤象二郎らとともに、腕白者として聞こえており、勉強よりも相撲や水泳の好きな少年であったようである

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板垣退助旧邸跡碑

板垣退助旧邸跡の写真当地は板垣退助の住居跡で、自由民権期の彼の本邸として使われた。相撲の好きな板垣は、この邸内に相撲場を造り、力士を養成した。

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板垣退助帰朝記念碑

板垣退助帰朝記念碑の写真本来の帰朝記念碑は浦戸湾内海上の丸山台にあるが、高知市南新田町堤防上にも板垣退助帰朝の説明文と記念碑が建てられている。

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立志社跡の碑

立志社跡の碑の写真立志社は、明治7(1874)年4月10日、帯屋町の旧兵舎跡で発会式をあげ、その後このあたりにあった旧町会所跡を山内家から買い取って本拠地とした。

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高知市立自由民権記念館

自由民権記念館の写真高知市が平成元年(1989)に実施した市政百周年記念事業の一つとして建設したもので、平成2(1990)年4月にオープンした。

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